第四の壁
別名:第四の壁を破る、観客への直接の語りかけ
物語と観客を隔てる目に見えない壁です。登場人物が観客に向かってまっすぐ話したり視線を向けたりすると、この壁が破られます。ページ上では、ト書きに CAMERA への視線として、または括弧書きの(カメラに向かって)として書きます。
ページ上では
直接の語りかけ
マヤは振り返り、まっすぐ CAMERA を見つめる。
その視線を一拍長く保つ。
実践では
この考えは演劇から来ています。箱型の舞台装置には3面の壁があり、4面目は観客が座る開いた正面です。登場人物はそこが壁であるかのように振る舞います。第四の壁を破るとは、視線、傍白、あるいはまるごとの独白によって、観客がそこにいると認めることです。
ページ上では、ト書きで視線を描写し、重要な要素と同じように CAMERA を大文字で書きます。例:「彼女は振り向き、まっすぐ CAMERA を見つめる。」声に出す傍白には、役名の下の独立した行に(カメラに向かって)の括弧書きを置き、役名の行そのものには決して書きません。(V.O.)とは書きません。その人物はシーンの中で話しており、ただ私たちに向かって話しているだけだからです。
観客への直接の語りかけは、観客と登場人物の関係を変えます。『フェリスはある朝突然に』のフェリスは私たちを共犯者にし、『Fleabag フリーバッグ』の主人公はほかの誰にも隠していることを見せるためにこれを使い、ドラマは誰かがそれに気づいたとき、それを筋の要素に変えます。この手法が何のためにあるのかを早めに決め、最初の数ページで設定し、そのルール、つまり誰が、いつそれをできるのかを守りましょう。
ページ上で破る
INT. マヤのアパート - 夜
玄関のベルが鳴る。マヤ(30代)はのぞき穴を確かめ、ため息をつき、ドアを開ける。そこにいるのはデレクで、大して金をかけていないワインのボトルを掲げている。
DEREK
5分だけ。お願いはそれだけだ。
マヤは脇によけて彼を通す。彼が通り過ぎるとき、彼女は振り向き、まっすぐ CAMERA を見つめる。
MAYA
(カメラに向かって)
なんで彼を入れたのかって思ってるでしょう。私もそう思ってる。
視線はト書きに書き、CAMERA を大文字にします。声に出す傍白は普通のセリフです。役名を独立した行に置き、その下に(カメラに向かって)の括弧書き、続いてセリフを書きます。デレクは反応しないので、それが聞こえているのは観客だけだと読み手にわかります。
この考えの由来
フランスの哲学者ドゥニ・ディドロは1758年、この考えに古典的な形を与えました。劇作家と俳優に、舞台の正面に大きな壁があると想像し、観客がそこにいないかのように演じるよう勧めたのです。その壁が、後に続く写実主義演劇の第四の壁になりました。
演劇は、名前が付くずっと前からこの壁を破っていました。シェイクスピアの登場人物は傍白や独白で観客に打ち明け話をし、後にベルトルト・ブレヒトは、観客が見ているものに没入せず、それについて考えるよう、意図的に壁を破りました。映画は両方の習慣を受け継ぎました。レンズへのコミカルな視線と、私たちに直接語りかける語り手です。
脚本での書き方
観客への視線は動作なので、ト書きに書きます。「彼女はまっすぐ CAMERA を見つめる。」代わりに「私たちを」と書く書き手もいて、スペック脚本ではそのほうが自然に読めます。脚本の中で統一されていれば、どちらでも通じます。
声に出す傍白はセリフです。役名を書き、次に独立した行に括弧書きの(カメラに向かって)、それからセリフを書きます。観客への長い語りかけなら、括弧書きは冒頭で一度だけ使い、その人物がシーンに戻るときはト書きで示します。
ほかの登場人物が気づくかどうかをはっきりさせましょう。たいていは気づかず、ト書きで一度そう書くか、単にほかの人物がそのまま続けるようにすれば、読み手に伝わります。ある人物が気づくなら、それは物語上の出来事であり、脚本はそのように扱うべきです。
壁を破ると何が起きるか
観客を共犯者にします。『フェリスはある朝突然に』では、フェリスが私たちも仲間であるかのように自分の企みを説明し、『アニー・ホール』ではアルビー・シンガーが観客に向かって自分の言い分を主張します。『ハウス・オブ・カード』は同じ親密さを不吉なものに変えます。フランク・アンダーウッドの傍白が、彼の行いに私たちを加担させるのです。
人物が隠しているものを見せます。『Fleabag フリーバッグ』では、カメラへの視線が主人公の本当の気持ちのしまい場所になっており、第2シーズンでは、ある人物が彼女のその仕草に気づき、今どこへ行っていたのかと尋ねます。手法がそのまま筋になるのです。
説明したり、笑わせたりします。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は話を止め、有名人にカメラに向かって金融用語を説明させ、『デッドプール』は自らのジャンルについて論評します。ミヒャエル・ハネケの『ファニーゲーム』はさらに踏み込み、殺人者に観客へ直接語りかけさせて、見ている私たちを巻き込みます。
ルールを決める
早めに設定しましょう。第四の壁が初めて破られるのが60ページ目なら、それは間違いか小細工のように読めます。最初のいくつかのシーンで破られれば、観客はそれを映画の言語の一部として受け入れます。
誰が、どれくらいの頻度でできるのかを決めましょう。ほとんどの映画はそれを1人の人物に与え、その人物を観客の案内役にします。そうすれば、後でこの手法を効果的に使えます。私たちに話しかけるのをやめる人物や、別の誰かが振り向いてレンズを見つめる瞬間は、ルールがはっきりしていたからこそ、強く感じられるのです。
よくある質問
第四の壁を破るとはどういう意味ですか?
登場人物が物語の世界の内側にとどまらず、観客の存在を直接認めることです。多くの場合、カメラに視線を向けたり、カメラに向かって話したりします。
脚本で第四の壁を破る場面はどう書けばよいですか?
視線はト書きに書き(「彼は CAMERA を見る。」)、声に出す傍白は役名の下の独立した行に(カメラに向かって)の括弧書きを置いて示します。セリフは普通のセリフとして書式を整えます。
第四の壁という言葉はどこから来たのですか?
演劇からです。舞台装置には3面の壁があり、4面目は観客が座る正面を横切る、想像上の壁です。ドゥニ・ディドロは1758年、その壁があるかのように演じることを説きました。
ボイスオーバーは第四の壁を破ることになりますか?
通常はなりません。ボイスオーバーのナレーションは観客に語りかけますが、登場人物が私たちを見ているようには描かれません。第四の壁を破るとは、シーンの中にいる登場人物が観客のほうを向くことです。
傍白は第四の壁を破ることと同じですか?
観客への傍白は、壁を破る方法の1つです。この言葉は、カメラへの無言の視線、観客への長い語りかけ、映画が自らを映画だと認める瞬間なども含みます。
第四の壁を破る例にはどんなものがありますか?
『フェリスはある朝突然に』、『アニー・ホール』、『ハウス・オブ・カード』、『Fleabag フリーバッグ』はいずれも登場人物がカメラに向かって直接話します。コメディでは、レンズへの意味ありげな一瞥だけで使うこともよくあります。