別名:メインキャラクター、ヒーロー、中心人物
その人物の追求が物語を組み立てる人物です。道徳的な意味で「英雄」でなくても、その欲求、決断、代償を観客がいちばん近くで追いかける人物です。
主人公は構造上の役割であり、善良さを保証する称号ではありません。アンチヒーロー、一時的な中心人物を持つ群像、2人の主役でも、主要な展開を誰の決断が動かすのかを明確にする必要があります。筋書きを組み直さずに「ヒーロー」を傍観者に置き換えられるなら、主人公が誰なのかはまだ定まっていません。
主人公には、圧力の中で自ら行動する力を与えましょう。特に序盤は、出来事に巻き込まれてもかまいません。しかし中盤と結末は、不完全な情報の中で主人公が下す選択によって動くべきです。受け身の姿勢は、それ以外は洗練された原稿を静かに損ないます。美しく苦しんでいても、何も選ばなければ物語は動きません。
テレビでは、主人公が毎週シリーズを動かす原動力になることがあります。長編映画では、より明確なアークを完結させることが多いです。いずれの場合も、ログライン、ウォント、クライマックスを同じ人物にそろえましょう。講評に「誰の物語かわからない」とあれば、世界観の設定を増やす前に、主人公への焦点を修正します。
はい。ロマンスやバディものではよくあります。ただし、主要な転換点ごとに、誰が決断するのかを明確にする必要があります。2人とも筋書きに運んでもらうのを待つ乗客になってしまうと、ダブル主人公は機能しません。
いいえ。ナレーションや目撃者の視点で、別の人物の物語を描くこともできます。ただし意図して選びましょう。観客には、それでも追いかけるべき欲求の軸が必要です。
多くの物語は主人公の変化を描きますが、変わらないことを証明し、その拒否を悲劇や笑いの中心にする物語もあります。必要なのは、クライマックスで主人公の行動パターンが試されることです。
誰の選択がクライマックスを動かし、ログラインが誰のウォントを示しているかを考えます。群像劇は章ごとに焦点を移せますが、宣伝でも構造でも、通常は中心となる原動力を優先します。