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物語の技法

アナグノリシス

別名:認知、発見

人物が決定的な真実に気づく瞬間。ある人の本当の正体、自分のしたこと、自分の状況の意味などです。アリストテレスが名づけ、両親が誰かを知るオイディプスが古典的な例です。

実践では

アナグノリシス(認知、発見)とは、登場人物がそれまで知らなかった真実に気づく瞬間のことです。たいていは、ある人物の本当の正体、自分自身が何をしてしまったのか、あるいは自分の置かれた状況が本当は何を意味するのか、についての気づきです。ギリシャ語で「再認」「認知」を意味し、無知が知へと変わる転換点を指します。悲劇では、その知は被害を取り消すにはたいてい遅すぎるかたちでやって来ます。だからこそ胸に刺さるのです。

アリストテレスは紀元前335年ごろの『詩学』で、アナグノリシスを複雑な筋の二つの要のひとつとして挙げました。もうひとつはペリペテイア(逆転、急転)、つまり運命の反転です。彼は二つが同時に起きる筋をとりわけ高く評価し、その手本としてソポクレスの『オイディプス王』を挙げました。オイディプスを安心させようとやって来た使者が、彼が父を殺し母と結婚したことを明かし、王は一撃で真実を知り、すべてを失います。

アナグノリシスは悲劇や古代の劇だけのものではありません。喜劇は幸せな再会(生き別れの双子、隠された身分)で終わり、ミステリーは探偵の発見へと向かい、現代の映画には、ついに自分自身をはっきり見る主人公があふれています。単なる種明かしではなくアナグノリシスと呼べるのは、登場人物自身の理解が変わり、それによって物語が向きを変えるときです。

刑事が自分の過ちに気づく場面のアナグノリシス

信じてきた証拠を読み直す捜査官

INT. 警察署の資料室 - 夜

アルマ・レイエス刑事(40代)が古い事件写真を机に広げる。一枚で手が止まる。12年前に彼女自身が記録した靴跡だ。

ALMA

これは25センチ。あいつは29センチだった。

彼女は箱から自分の報告書を取り出し、末尾にある自分の署名を読む。

ALMA (CONT’D)

私は無実の人を刑務所に送った。

彼女はゆっくり腰を下ろす。写真はそのまま机に残る。

この場面の発見は犯人ではなくアルマ自身についてのものです。彼女が信じ、署名した証拠が間違っていたのです。その認知には逆転が伴います。出世のきっかけになった事件が、最悪の失敗に変わるからです。アリストテレスが称えた組み合わせそのものです。しかも静かにやって来ます。彼女は叫ばず、ただ座ります。

演劇、小説、映画のアナグノリシスの例

『オイディプス王』は古典的な例です。オイディプスは殺人事件を調べ、犯人が自分自身だと知ります。『リア王』では、リアは追放した娘コーディリアこそが自分を愛していたと、遅すぎるときに悟ります。『オセロー』では、主人公はデズデモーナを殺したあとで、イアーゴーに欺かれていたことを知ります。どの認知も、主人公が見誤った人物についてのもので、どれも害がなされたあとに訪れます。

小説も使います。ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』では、エリザベス・ベネットがダーシーの手紙を読み、彼とウィッカムの両方を見誤っていたと気づき、「この瞬間まで、私は自分を知らなかった」とつぶやきます。日本の物語では、浄瑠璃や歌舞伎の「実は」の趣向がこれに近く、ある人物が実は生き別れの親子や主君の子だったと明かされることで、筋が大きく転じます。

映画はアナグノリシスを得意技にしてきました。『シックス・センス』は、マルコムが自分はずっと死んでいたと気づくところで終わります。『帝国の逆襲』では、ルークがベイダーは自分の父だと知ります。『メメント』は、レナードが自分自身にしてきたことに気づく瞬間に向けて全体が組み立てられています。これらはどんでん返しとして記憶されていますが、その力は観客の驚きだけでなく、人物の認知から生まれています。

アナグノリシスとペリペテイア:認知と逆転

ペリペテイアは運命の急な反転、つまり状況の変化です。アナグノリシスは知の変化です。アリストテレスは、一方が他方を引き起こす筋、つまり真実を知ることが主人公の運命をひっくり返す筋をもっとも強いと考えました。オイディプスでは、認知と逆転は同じ一瞬です。

二つを切り離すこともできます。人物が理由もわからないまま逆転に見舞われれば、観客が人物より先を行き、劇的アイロニーが生まれます。あるいは人物が真実を認知し、それを使って勝つこともあります。喜劇の最終幕のように。クライマックスを組み立てるときは、自分がどちらの変化を書いているのか、一方が他方を引き起こすべきかを考えましょう。

アナグノリシス、どんでん返し、エピファニーの違い

どんでん返しは観客を基準に定義されます。観客が予想しなかったことです。アナグノリシスは人物を基準に定義されます。人物が知らなかったことです。二つは重なることが多いものの、いつもではありません。劇的アイロニーで語られる物語では、観客が映画のあいだずっと真実を知っていても、主人公の認知がクライマックスになりえます。

エピファニーは、ジェイムズ・ジョイスが小説の用語として広めた言葉で、突然の悟りを指します。小さく内面的なことが多く、何気ない瞬間のあとで人物が自分の人生を違った光で見るようなものです。アナグノリシスは、たいてい正体や行為といった筋の上の事実にかかわり、その後の展開に影響します。エピファニーがアナグノリシスであることもありますが、多くはもっと静かです。

認知の場面の書き方

真実は早めに仕込んでおきましょう。手がかりがページに書かれていて初めて、認知は報われたと感じられます。アルマの靴跡は第一幕から証拠の中にあります。読み手が読み返して、人物が見落としたものと、なぜ見落としたのかを見つけられるようにしましょう。その理由は、たいてい物語が描いている欠点そのものです。

認知のあとで人物に行動させましょう。知る瞬間は場面の半分で、残りの半分はそれにどう応えるかです。告白する、逃げる、許す、崩れる。真実を告げる台詞は短く保ちましょう。認知の場面は、すべての意味を説明する長台詞より、飾らない一文と沈黙のほうが強くなることがよくあります。

5分でできる認知の練習

主人公が抱えるいちばん大きな思い違いを選びます。ほかの人物について、自分自身について、あるいは世界について。それを一文で書きましょう。次に、人物が気づかないまま真実の手がかりが現れうる、それより前の場面を三つ挙げます。Plotで書いているなら、その三つの場面にメモを残しておけば、推敲しても伏線と回収がつながったままになります。

今度は認知の瞬間だけを、5行以内で書きます。ついに届く手がかり、人物が理解したとわかる台詞か動作を一つ、そしてそれが人物に何を失わせるかを示す動作を一つ。観客に認知を説明する行は削りましょう。

よくある質問

アナグノリシスとは何ですか?

アナグノリシスとは、物語の中で人物が自分の正体、ほかの人物、あるいは自分の状況について決定的な真実を発見する瞬間です。人物の理解が変わり、たいていは筋の向きも変わります。

アナグノリシスはどう読みますか?

日本語では「アナグノリシス」と書きます。『詩学』の翻訳では「認知」や「発見」と訳されることが多く、英語ではan-ag-NOR-i-sisと3音節目に強勢を置いて発音します。

アナグノリシスの例を教えてください。

ソポクレスの『オイディプス王』で、オイディプスは自分が殺した男が父であり、結婚した王妃が母であったと知ります。自分が何者かを知ったことで、王としての人生が崩れ去ります。

アナグノリシスとペリペテイアの違いは何ですか?

アナグノリシスは無知から知への変化で、ペリペテイアは運命の反転です。アリストテレスは、認知が逆転を引き起こす悲劇の筋をもっとも優れたものと考えました。

アナグノリシスはどんでん返しと同じですか?

厳密には違います。どんでん返しは観客を驚かせるもので、アナグノリシスは人物による発見です。同時に起きることが多いものの、観客がすでに知っていることに人物が気づく場合もあります。

アナグノリシスは悲劇にしかないのですか?

いいえ。アリストテレスは悲劇について論じましたが、喜劇、ミステリー、恋愛もの、スリラーも認知の場面を使います。シェイクスピアの再会する双子から、現代映画で悪役の正体を知る主人公までさまざまです。