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物語の技法

イメージ表現

別名:Imagery、イメジャリー

五感に訴える描写の言葉です。読み手は場面を説明されるのではなく、見て、聞いて、嗅いで、味わって、触れることになります。「トタン屋根を叩く雨の音」はイメージ表現で、「雨が降っていた」はそうではありません。

実践では

イメージ表現(イメジャリー)は、物語を説明されるのではなく、読み手に見せ、聞かせ、嗅がせ、味わわせ、触れさせる技法です。「台所は汚れていた」は報告です。「オーブンの時計に油汚れ、シリアルの器のまわりを一匹のハエが回っている」はイメージで、読み手はその細部から部屋を、そしてそこに住む人への判断を組み立てます。

よいイメージは選び取ります。部屋にあるものをすべて並べる人はいません。雰囲気と意味を運ぶ二つか三つの細部を選ぶのです。細部は誰が見ているかも明かします。緊張している人物は出口に気づき、空腹の人物はパンに気づき、喪に服している人物はドアのそばに掛かったままのコートに気づきます。

脚本家は誰よりも直接イメージを扱います。ト書きには観客が見て聞くものしか書かないからです。ページ上のイメージは一つひとつが演出、美術、音響への依頼になるので、脚本の最良のイメージは具体的で撮影できるものです。したたる蛇口、点滅する看板、道路に落ちた子どもの靴一足。

何が起きたかを語るイメージ

刑事が誰もいない部屋に入る

INT. ローザのアパート - 夜

ドアが自分の重みで開く。ラジエーターがカンと鳴る。テーブルにマグカップが二つ。一つは満杯で表面に膜が張り、もう一つは倒れていて、こぼれたコーヒーが未開封の郵便物の山の上で茶色い地図のように乾いている。

オカフォー刑事(50代)が入ってくる。どこかで携帯電話が木の上で震えている。彼は音をたどってソファに行き、クッションを持ち上げる。ローザの電話。画面には不在着信22件。

OKAFOR

急いで出ていったな。それとも、誰かがそう見せたかったか。

彼は満杯のマグの匂いを嗅ぐ。顔をしかめる。何日も経っている。

この場面には、ローザが姿を消したとも、何かがおかしいとも書かれていません。イメージがそれを伝えます。二つのマグのうち手つかずの一つ、誰も拭かなかった染み、隠されたまま震え続ける電話。視覚、聴覚、嗅覚が同じ結論を指し、どの細部もカメラとマイクがとらえられるものです。

イメージ表現とは

イメージ表現は、五感に訴える描写の言葉で、読み手が場面を説明されるのではなく体験できるようにするものです。名前に反して、視覚だけのものではありません。イメージは、遠くの列車の音を聞かせ、焦げたトーストの匂いを嗅がせ、唇の塩を味わわせ、首筋を伝う冷たい雨を感じさせることもできます。

イメージには文字どおりのものと比喩的なものがあります。「誰もいない駐車場に雪が降っていた」は文字どおりのイメージで、単純で具体的な描写です。「雪が灰のように降っていた」は直喩を加えたもので、イメージはいまや喪失や廃墟の感覚を帯びます。隠喩、直喩、擬人法はイメージを生き生きさせる道具であることが多いのですが、イメージそのものは、それらが生み出す感覚の絵です。

イメージが大切なのは、読み手が言われたことより感じたことをよく覚えているからです。「彼女は悲しかった」という文は想像の余地を残しませんが、「彼女は流しの前に立ったまま、ひとりで誕生日ケーキを食べた」は見るものを与え、悲しみを読み手自身に感じさせます。これが「語るな、見せよ」という助言の核心です。

イメージ表現の種類

授業では、ふつう感覚の種類ごとに七つに分けます。視覚的イメージは目に(「灰色の人波の中の赤い傘」)、聴覚的イメージは耳に(「やかんの甲高い音」)、嗅覚的イメージは鼻に(「濡れた犬と薪の煙」)、味覚的イメージは舌に(「恐怖の金属の味」)訴えます。

触覚的イメージは手触りや温度、圧力に訴えます(「首にちくちくする粗いウール」)。運動感覚的イメージは動きと動く体を描きます(「彼は柵を跳び越え、着地したときにはもう走っていた」)。体内感覚的イメージは、空腹、渇き、疲労、吐き気、体で感じる感情など、体の内側の感覚を描きます(「胃がきゅっと縮んだ」)。

最も力強い文章は、いくつもの種類を混ぜます。視覚、聴覚、触覚を組み合わせた一文は、一つずつ感覚を描いた三文よりも本物らしく感じられます。場面を推敲するときは、どの感覚を使っているか確かめましょう。たいていの下書きは視覚だけに頼っていて、音や匂いを一つ加えるだけで平板な場面が息を吹き返すことがよくあります。

詩、文学、映画のイメージの例

詩はイメージでできています。エズラ・パウンドの二行詩「地下鉄の駅で」は、ほとんどそれだけでできています。群衆の中の顔を「濡れた黒い枝の上の花びら」にたとえるのです。日本の俳句もイメージの詩で、松尾芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」は、静けさと一つの音だけで場面全体を立ち上げます。

小説家はイメージを使って世界と雰囲気を定めます。ジョン・キーツの頌歌「秋に寄せて」や、ロンドン中に霧が「いたるところに」立ちこめるチャールズ・ディケンズの『荒涼館』の冒頭は手本とされています。マルセル・プルーストの語り手は紅茶に浸したマドレーヌを味わい、子ども時代がまるごとよみがえります。味と匂いが記憶と最も結びついた感覚だと言われるのはそのためです。

演説もイメージを使います。修辞技法に数えられるのはそのためです。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは「ジョージアの赤い丘」を呼び起こし、ミシシッピ州を「不正の熱にうだる」州と描きました。映画では、イメージがショットそのものになります。『サイコ』のシャワーカーテン、『ジュラシック・パーク』で震えるコップの水、『アラビアのロレンス』の果てしない砂漠。脚本家はそのどれもを、まずページの上に置いたのです。

鮮やかなイメージの書き方

一般的なものより具体的なものを選びましょう。「花」では読み手に手がかりがありませんが、「アスファルトを突き破るタンポポ」はイメージであると同時に考えでもあります。あいまいな名詞や動詞を正確な言葉に置き換えましょう。「動く」犬より「足を引きずる」犬や「駆けだす」犬のほうが多くを語ります。

イメージを人物に通しましょう。誰かが何に気づくかは、その人が誰で何を感じているかを読み手に教えます。若い未亡人と不動産業者が同じ家を歩けば、まったく違う部屋が見えます。その状態にあるその人物だけが気づく細部を選んでください。

役に立たないものは削りましょう。とくにト書きを速く読ませる必要がある脚本では、くっきりした細部二つか三つが一段落の描写に勝ります。それぞれのイメージが何をしているかを問いましょう。雰囲気、情報、人物像、あとのための伏線。何もしていないなら、読み手は読み飛ばします。

よくある質問

イメージとは、簡単に言うと何ですか?

イメージとは、五感を使って何かを思い浮かべる助けになる書き方です。「暑かった」と書くかわりに、「スニーカーの下でアスファルトがやわらかくなり、空気は溶けたタールの匂いがした」と書くことができます。

イメージの7つの種類は何ですか?

視覚(見る)、聴覚(聞く)、嗅覚(嗅ぐ)、味覚(味わう)、触覚(触れる)、運動感覚(動き)、体内感覚(空腹や恐怖のような体の内側の感覚)です。最も力強い描写は、いくつかを組み合わせます。

詩におけるイメージとは何ですか?

詩におけるイメージは、わずかな言葉で絵や感情を生み出す感覚的な言葉です。詩は短いので、詩人はイメージに頼ります。パウンドの濡れた黒い枝の上の花びらのような一つの強いイメージが、感情全体を運ぶことができます。

イメージは文学技法ですか?

はい。最もよく使われる文学技法の一つで、演説家が人を説得するためにも使うので、修辞技法にも数えられます。隠喩、直喩、擬人法と組み合わさることがよくあります。

イメージの例を教えてください。

「鼻をつく塩素の匂い、濡れたタイルを打つ裸足の音、こだまするホイッスル」はイメージです。嗅覚、触覚、聴覚を使って、名前を出さずに読み手を屋内プールに立たせます。

イメージの目的は何ですか?

文章を生き生きと記憶に残るものにし、雰囲気を作り、人物が何に気づくかを見せ、感情を説明するのではなく読み手に感じさせることです。描写を体験に変えるのです。

脚本でイメージはどう使いますか?

観客が見て聞けるものだけを、短く具体的なト書きで描きましょう。冷めたコーヒーや鳴りやまない電話のように、物語を語る一つか二つのイメージを選び、残りは演出とスタッフに任せます。