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書式と要素

エピローグ

別名:終章

本編が終わったあとの締めくくりの部分で、多くは時間を置いて、人物や世界のその後を描きます。脚本では「1年後」のような時間のスーパーで始まることがよくあります。

実践では

エピローグとは、本筋の物語が終わったあとに来る締めくくりの部分です。その後どうなったかを見せ、ほどけたままの糸を結び、あるいは一歩引いて全体に言葉を添える場面、口上、文章がそれにあたります。『テンペスト』の最後でプロスペローが観客に語りかける口上はエピローグです。ハリー・ポッターのシリーズを閉じる「十九年後」の章もそうです。

脚本家にとってのエピローグは、クライマックスと解決のあとに続く部分で、しばしば時間の跳躍を挟みます。人物たちの新しい暮らしを見せたり、最後のひねりを明かしたり、観客が劇場から持ち帰る最後の映像を与えたりできます。実話にもとづく映画は、実在の人々がその後どうなったかを字幕で伝えるエピローグで終わることがよくあります。

よくある失敗は、結末がすでにはっきりさせたことを説明するためにエピローグを付け足すことです。エピローグが効くのは、要約ではなく、解放感、皮肉なひねり、未来の一瞥といった新しいものを観客に与えるときです。物語の最後の場面がそこで終えられるほど強いなら、エピローグはかえってそれを弱めかねません。

ひとつの場面と一枚の字幕で描くエピローグ

強盗から一年後のダイナー

EXT. 街道沿いのダイナー - 昼

SUPER: 一年後

窓際のボックス席。引退した金庫破りのRUTH(70代)が、コーヒー三杯分をちょうどの小銭で払う。口をつけたカップは一つだけ。

RUTH

あの人はいつも遅刻だった。

彼女は三つ目の受け皿の下に絵はがきを差し込む。誰もたどり着けなかった浜辺の写真だ。そして日差しの中へ出ていく。

SUPER: ルース・ドーソンが起訴されることはなかった。金はいまも見つかっていない。

FADE OUT.

強盗はもう終わり、その結末も知られているので、エピローグはクライマックスにはできなかったことをします。代償を見せるのです。手つかずのカップは誰が生き残れなかったかを伝え、絵はがきは約束を果たし、最後の字幕は実録犯罪映画のやり方で、皮肉な最後の事実を加えます。短く、静かで、新しいエピローグです。

エピローグとは

エピローグは、戯曲、本、詩、映画の締めくくりの部分で、本筋の行動が完結したあとに来ます。日本語では終章や後日談、結びの口上とも呼ばれます。Merriam-Websterはこれを、文学作品の構想を締めくくる結びの部分、また劇の終わりに俳優が観客に向けて語る、しばしば韻文の口上と定義しています。語源はギリシア語のepilogosで、epiは「加えて」、logosは「言葉」を意味します。

演劇では、エピローグは劇のあとに語られる口上で、観客に拍手や寛容を求めることがよくありました。小説では、残りから切り離された最終章となり、しばしば何年も後を舞台に、人物たちの人生がどうなったかを見せます。映画やテレビでは、たいてい解決のあとの短い最後の場面やシークエンスです。

エピローグはプロローグの鏡像です。プロローグが物語の前に立って観客に準備をさせるのに対し、エピローグは物語のあとに立って、観客が物語から去るのを助けます。どちらか一方だけを持つ作品も数多くあります。

エピローグの例

シェイクスピアの『テンペスト』は、魔法を捨てたプロスペローがひとり進み出て、拍手によって自分を解き放ってほしいと観客に頼むところで終わります。『お気に召すまま』の最後ではロザリンドが茶目っ気のあるエピローグを語り、『夏の夜の夢』ではパックが、観客は劇全体を夢に見ていたのかもしれないとほのめかして幕を引きます。

J・K・ローリングの『ハリー・ポッターと死の秘宝』は、「十九年後」というエピローグで終わります。駅のホームを舞台に、生き残った人物たちが親になった姿を見せる章です。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』は、過去形で書かれたニュースピークについての付録で終わり、一部の読者はそれを、党がやがて倒れたことの暗示と読んでいます。

映画はさまざまな形でエピローグを使います。『アニマル・ハウス』と『アメリカン・グラフィティ』は、各人物の将来を明かす字幕で終わり、この手法はのちに数えきれないコメディや実話ものに受け継がれました。『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』はサウロンの敗北のあとにホビット庄と灰色港での長いエピローグを続け、『プライベート・ライアン』は年老いたライアンが軍人墓地を訪れる場面で閉じられます。

エピローグと結末、あとがきの違い

結末(デヌーマン)は、クライマックスのあとに筋の糸がほどかれる部分です。本筋に属し、たいていそこから直接続きます。エピローグは結末のあとに来て、時間の跳躍、場所の変化、別の声などによってそこから切り離されています。

あとがきは、著者や別の誰かが作品について書くものです。どう書かれたか、何を意味するか、その後何があったか。物語の外に置かれます。エピローグは物語の一部で、観客に直接語りかける場合でも、その世界の内側で語られます。

ポストクレジットシーンは、エンドクレジットのあとに置かれる映画のエピローグです。マーベル映画がこれを習慣にし、次の作品への布石に使っています。原理はほかのエピローグと同じですが、締めくくりよりも期待を狙うことが多いものです。

脚本でのエピローグの書式

プロローグと同じく、脚本のエピローグはたいていふつうの場面として書き、EPILOGUEという見出しは付けません。時間の跳躍はSUPER: 一年後のようなSUPERで示すか、舞台と人物の新しい状況で伝わるようにします。

人物たちがその後どうなったかを伝える字幕は、最後の場面のあとにSUPERか中央揃えの文として、一枚に一つの事実ずつ書きます。短くしましょう。どの字幕も画面に出ているのは数秒で、観客は音楽を聴きながら読んでいるのです。

ポストクレジットシーンは、柱の前にEND CREDITSのような短い注記を入れて、どこで流れるのかを読み手に知らせることができます。簡潔にし、映画の本当の結末がそれに頼らないようにしましょう。多くの観客はそれが始まる前に席を立つからです。

エピローグの書き方

クライマックスのあとに、観客がまだ何を必要としているかを自問しましょう。人物たちが無事だという安心のこともあれば、起きたことの代償、皮肉なひねり、流れた時間の感覚のこともあります。答えが何もないなら、最後の強い場面で映画を終えましょう。

要約ではなく、変化を見せましょう。すぐれたエピローグは、物語が人物に何をもたらしたかを映す新しい状況の中に、人物を置いて見せます。空いた席、大人になった子ども、返された指輪といった一つの映像が、全員の気持ちを説明する一ページの台詞よりも多くを語ります。

短くして、最後の音を響かせましょう。長編映画のエピローグは多くても数ページにとどめ、主題と響き合う映像か一行で終えるべきです。その最後の瞬間は、観客が物語と過ごす最後の瞬間なのですから、大切にしましょう。

よくある質問

エピローグとは何ですか?

エピローグとは、本筋の物語が終わったあとに来て、その後どうなったかを見せたり、全体を振り返ったりする締めくくりの部分です。『テンペスト』のプロスペローの最後の口上や、ハリー・ポッターの「十九年後」の章がエピローグです。

エピローグの目的は何ですか?

エピローグは、クライマックスと解決のあとに、締めくくり、人物たちの未来の一瞥、最後のひねり、最後の振り返りを観客に与えます。よいエピローグは、結末だけでは与えられなかったものを加えます。

エピローグの例にはどんなものがありますか?

『アメリカン・グラフィティ』や『アニマル・ハウス』の最後で各人物の将来を明かす字幕は、映画のエピローグの古典的な例です。文学では、『ハリー・ポッターと死の秘宝』の「十九年後」の章がよく知られた例です。

エピローグと結末の違いは何ですか?

結末はクライマックスの直後に筋を解決するもので、本筋に属します。エピローグは結末のあとに来て、時間、場所、声によって切り離され、後に何が起きたかを見せます。

エピローグはあとがきと同じですか?

いいえ。エピローグは物語の一部で、その世界の内側で語られます。あとがきは著者や別の誰かが作品について書くもので、物語の外に置かれます。

映画にエピローグはありますか?

はい。多くの映画が、後日の場面、人物たちのその後を伝える字幕、ポストクレジットシーンといったエピローグで終わります。脚本ではたいてい、SUPERで示したふつうの場面として書きます。

エピローグはどのくらいの長さにすべきですか?

長編映画の脚本では、エピローグはたいてい一、二ページで、五ページを超えることはまれです。小説では短い最終章であることが多いでしょう。長いエピローグはクライマックスの勢いを奪いかねません。