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執筆の技術リサーチ

登場人物は見た目より少ない

Inkwellチーム読了時間:7分

セリフのある人物が47人いる脚本は、同じように活発な47の声としては読めません。シークエンスを丸ごと担う名前もあります。ひとつのやりとりのためだけに現れる名前もあります。一度話して消える名前もあります。ほとんど話さないのに、とても大きな意味を持つ名前もあります。

当たり前に聞こえますが、それは登場人物の数が数字になるまでの話です。数字になった途端、話す人物は誰でも1人と数えられ、47人は47人に見えます。

条件を満たす解析済みの994本の脚本では、中央値の脚本に47人の話す人物がいます。ところが、セリフの配分の偏りを考慮すると、コーパスの中央値はわずか6.3人の実効的な話者になります。

これは推奨される登場人物の数ではありません。別の問いに対する別の答えです。実際に会話を担っている声はいくつあるのかという問いです。

役に立つのは、人数と参加度の区別です。登場人物の総数は、名前のある声がいくつページを横切るかを教えてくれます。実効的な話者数は、繰り返しの参加がどれだけ集中しているかを教えてくれます。

群像劇では、登場人物の総数は的外れな問いに答えているこのセクションへのリンク

「この脚本には何人の人物が出てくるか」は、制作、読み合わせ、キャスティング、そして読み手が覚えなければならない名前の多さを知るには役に立ちます。けれども、セリフのバランスを理解するにはあまり役に立ちません。

セリフが1行の人物も、セリフが200回ある人物も、登場人物の数にはどちらも1人として加わります。問いが誰が会話を担っているかなら、両者を同じに扱うと、知りたい情報の大半を捨てることになります。

そこでセリフのリサーチページでは、実効的な話者数も測っています。わかりやすく言えば、セリフがこれだけ集中しているとき、同じように話す人物が何人いれば同じ配分になるかを問うものです。

10人がそれぞれちょうど10%ずつセリフを担っていれば、答えは10人です。1人がセリフの大半を担い、9人がほとんど話さなければ、答えは1人にぐっと近づきます。大事な考え方はシンプルで、頻繁に話す声は、一度きりの声よりも重く数えるということです。

だからといって、登場人物の総数が悪い指標になるわけではありません。決まった役割を持つ指標だということです。総数は、脚本が読み手、俳優陣、制作に見分けることを求める人物の数に近いものを示します。実効的な話者数は、セリフの負担の多様さに近いものを示します。人物の多い脚本は、前者では高く、後者ではごく普通ということもあります。

2つのパネルのインフォグラフィック。登場人物27人で実効的な話者が5.1人の脚本と、90人で8.0人の脚本を比べ、大人数のキャストで増えるのは主に周辺の声だと示しています。
キャストの人数が最も少ない四分位から最も多い四分位にかけて、台詞のある人物数の中央値は3倍以上になりますが、実効的な話者の中心は5.1人から8.0人に増えるだけです。

登場人物が多い脚本は、本当に周縁で増えているこのセクションへのリンク

最初の分析では、登場人物が多い脚本ほど、中心よりも会話の周縁が速く広がることが示唆されていました。2回目の分析では、ひとつの集中度の値から推測するのではなく、その考えを直接確かめることができました。

周縁の話者を3種類に分けて測りました。

  • 脚本全体でセリフがちょうど1回の人物
  • セリフが5回以下の人物
  • セリフのある場面1つだけで話す人物

この傾向は、最初の実効的な話者数の比較だけから想像していたよりも、ずっと強いものでした。

登場人物が最も少ない四分位では、中央値の脚本に27人の話す人物がいます。そのうち、セリフが1回だけの人は約26%、5回以下の人は53%、セリフのある場面1つだけで話す人は47%。

登場人物が最も多い四分位では、中央値の脚本に90人の話す人物がいます。こちらでは、セリフが1回だけの人が53%、5回以下の人が79%、セリフのある場面1つだけで話す人が69%。

言い換えると、登場人物が最も少ないグループでは、中央値の話者のセリフは5回です。最も多いグループでは、中央値の話者のセリフは1回です。

「登場人物は周縁で増える」という言葉の意味を、これほど直接示す証拠はなかなかありません。大きな群像劇は、小さな群像劇のすべての役を拡大したものではありません。加わった登場人物の多くは、狭く局所的な声です。目撃者、事務員、看護師、警備員、親、記者、ウェイター、隣人、同僚など、新たな重心にはならずに、場面と世界に具体性を与える役です。

この関係は、両端の四分位だけでなく、サンプル全体で成り立ちます。登場人物が多い脚本ほど、一貫して、セリフ1回、数回、1場面だけの話者の割合が高くなります。

登場人物が多くなる3つの理由このセクションへのリンク

この区別は、「少ない」か「多い」かよりも役に立つ分類を書き手に与えてくれます。脚本の人物が多いのは、広い世界を持っているからかもしれません。局所的な役は多くても、繰り返し登場する中心は安定しています。本物の群像劇だからかもしれません。繰り返し登場するより多くの声が、会話の負担を本当に分け合っています。あるいは、人物像の断片化が起きているからかもしれません。たくさんの名前が、覚えておく必要が生じる程度には繰り返し登場するのに、構造上の違いは生まれません。

この3つの脚本は、登場人物の総数が同じでも、読んだ印象はまったく違います。1つ目は広がりがあっても明快に感じられるでしょう。2つ目は意図して多声的に感じられるでしょう。3つ目は、ほかの2つより人数が少なくても、「人物が多すぎる」というメモを受け取りやすい脚本です。

コーパスの統計では、こうしたケースを自動で分類することはできません。劇的な役割や読み手の混乱は、意味についての判断だからです。けれども、登場人物の総数と実効的な話者数の差を見れば、どの診断を掘り下げる価値があるかがわかります。

中心は、登場人物よりずっとゆっくり増えるこのセクションへのリンク

同じ分かれ方は、逆の方向からも見えてきます。

登場人物が最も少ない四分位は、中央値で総数27人、実効的な話者5.1人です。最も多い四分位は総数90人ですが、実効的な話者は8.0人にすぎません。

登場人物の総数は3倍以上になります。実効的な話者の中心は、半分ほどしか増えません。

これは、大きな脚本がどれも実は「8人の物語」だという意味ではありません。90人の名前と8人の会話の中心が、矛盾なく共存しうるということです。両者は同じ脚本の異なる層を描いています。

コーパス全体では、登場人物の総数が多い脚本ほど実効的な中心も大きくなる傾向がありますが、一対一の関係からはほど遠いものです。登場人物が増えるにつれて、実効的な中心は、話す人物全体のうちの小さな割合になっていきます。

だからこそ、実効的な話者の割合は、実効的な話者数だけよりも多くを語ることがあります。実効的な話者が5人から8人になるのは、それなりの広がりに聞こえます。総数27人・実効5.1人から総数90人・実効8.0人への変化を見れば、広がりの大半がその中心の外で起きていたことがわかります。

典型的な配分では、5人の話者がセリフの大半を担うこのセクションへのリンク

コーパス全体で見ると、最も多く話す人物が担うセリフの割合は、中央値で31%。上位3人では59%、上位5人まで含めると72%。

繰り返しますが、これは記述であって目標ではありません。密室劇なら、もっと集中することもあります。本物の群像劇なら、負担を分け合うこともあります。セリフがごくわずかな人物でも、ほかの全員が奪い合い、守り、悼み、探し、恐れる存在でありえます。

それでも、改稿が混み合って感じられるとき、この集中度は役に立ちます。「人物が多すぎる」は漠然としたメモです。セリフの負担の地図があれば、もっと良い問いを立てられます。

  1. 繰り返し場面を担っているのはどの人物で、主に周縁から入ってくるのはどの人物か。
  2. 1場面だけ、あるいは1行だけの役のいくつかは、物語の中で本当に別々の役割を果たしているか。
  3. その名前は覚えてもらう必要があるのか。それとも、最後まで報われないラベルを読み手に覚えさせているのか。
  4. 2つの狭い役割をまとめれば物語は明快になるか。それとも、世界が不自然に小さく感じられるか。
  5. 群像は意図して広く保ちつつ、感情の会話は集中させているか。

最後の4つには、測定では答えられません。それでも、どこを見ればいいかは正確に教えてくれます。

読み手の記憶とセリフの負担は、別々の予算このセクションへのリンク

この区別が大事な理由はもうひとつあります。人物は、セリフをあまり使わなくても、読み手の記憶を使うことがあります。12ページ、48ページ、91ページに出てくる名前のある刑事は、セリフの集中にはほとんど影響しないかもしれませんが、読み手はその名前を3回思い出さなければなりません。逆に、中心となる2人がセリフを独占していても、まったく苦労せずに追えることもあります。

つまり、実効的な話者数が少ないからといって、登場人物がわかりやすいとは限りません。セリフそのものが集中していると言っているだけです。それでも脚本が混み合って感じられるなら、次に確かめるのは再登場です。周縁の名前のうちいくつが長い間を置いて戻ってくるか、その役割がどれだけ似ているか、戻ってきたときに思い出す手がかりを脚本が十分に与えているか。

これは統計の重要な限界であって、隠すべき欠点ではありません。会話の負担と記憶の負担は重なり合いますが、同じ変数ではありません。

セリフのバランスは、人物の重要度ではないこのセクションへのリンク

話す頻度と劇的な重要度は、同じものではありません。無言の目撃者が筋を動かすこともあります。配偶者がたった1場面で結末を変えることもあります。敵役が主人公より少ないセリフで映画を支配することもあります。コミカルな脇役が、感情の中心を担わないままセリフを重ねることもあります。

だから、実効的な話者数は、主人公を見つける道具や人物の採点ではなく、セリフの負担の地図として読むのがいちばんです。

セリフバランスツールは、同じ見方をFountainやFinal Draftの脚本に当てはめます。話す人物の総数、実効的な話者数、最も多く話す人物へのセリフの集中度、そして1人・2人・3人以上が話す場面の構成を示します。どの人物を削るべきかは教えません。

改稿のためのより良い問いこのセクションへのリンク

コーパスから導かれる理想の人物数というものはありません。元になっているのは入手できる脚本の幅広いサンプルであり、新しい物語に何人の人物が必要かを教えることはできません。

もっと役に立つ問いはこうです。どの名前も、脚本が読み手に求める注意に見合う働きをしているか。

話す人物が90人いても、その大半が1つの場面に限られ、繰り返し登場する中心が明快なら、十分に読みやすくなりえます。20人でも、15人の名前が次々に現れ、覚えておく必要が生じる程度に繰り返し登場し、最後まで区別がつかなければ、混乱して感じられます。

これが、登場人物の数と会話の規模を分けて考えることの実用的な価値です。一方は、脚本にどれだけ人がいるかを教えてくれます。もう一方は、セリフの負担がどれだけ集中しているかを教えてくれます。両者の差は、最適化して消すべき欠陥ではありません。ようやく目に見えるようになった、構造上の選択です。

脚本のセリフのリサーチページでは、これらの数字の元になった分布と出典の注記をすべて公開しています。セリフバランスツールを使えば、同じ問いを自分の下書きで確かめられます。